つれづれなるまま

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児童虐待と共依存より

共依存の5つの中核症状

① 適度な自尊心を経験することが困難

健全な自尊心とは、一人の人間としての、かけがえの無さと価値を
内的に体験することだ。
これは人間の内面から生まれて外部へ向かい人間関係の中へ入り込んでくる
健全な人間は、例え失敗しても、怒っている人と対面しても
騙されたり、嘘をつかれたりしても、あるいは恋人、友人、親、子供、上司に拒絶されても
自分は、かけがえのない貴重な存在であることを熟知している。

たとえ太っていたり、破産を経験したり、テニスの試合で負けても
自己価値感というのは感じられるものだ。
健全な人間はこのような状況では罪悪感、恐れ、怒り、痛みなどは
味わうかもしれないが、自尊心は無傷のままだ。

共依存症者は自尊心に関して高低両極端の一方か
両方で難儀する。

つまり、一つの極端では自尊心が低いかまったく存在しない。
つまり、他人と比べて自分に価値が無いと考える。
その対極にあるのが傲慢と誇大性である。

自分は他の人とは違うんだ、そして他の人よりも優れているんだと考える。

子供達はまず、主たる保護者から自分を大切にすることを学ぶ
しかし、機能不全の保護者は子供達に言語的であれ、非言語的であれ
あなた達は「劣っている」人間だとメッセージを与える

保護者からの「劣っている」というメッセージは
子供達が自分たちに下す評価の一部となる。

「劣っている」というメッセージを受け取って育った人が
大人になってから、自分の内面から自分に価値があるという感情を
生み出すのは、殆ど不可能だ。

もし共依存症者が何らかの価値感を持っているとしたら
それは自尊心(自己価値観)ではなく 『別の価値感』
だ。

どんなに見えるのか
どれだけ稼げるのか
誰と知り合いなのか
どんな車に乗っているのか
子供のできが、どんなにいいか
配偶者がどんなに権力があって、重要人物なのか、あるいは魅力的なのか
持っている学位や称号
他人が優秀性を評価する活動をどれだけうまくやってのけるか


これらから、満足や喜びを得るのは結構だが
これは自尊心ではない。

問題なのは『別の価値感』の源泉は、自分の外部にあるので
ひとが制御できない変化に対し脆い。
人はこの外部に源泉のある、価値感をいつ失うかわからないので
別の価値感は脆くて頼りにならないのだ。




私の勝手な判断だが、こういった症状は男性の方が多い気がする
それは母親が女性だからという、超当たり前な思考からそう感じる
精神の成長は女性の方が早いからだ。
同年代の男子を見て、ガキだー・・・と感じたことは無いだろうか?

だからその女性の価値感、成長してきた記憶を基準に息子を判断するので
無意識に息子に対して「劣っている」と言葉で言わなくても
そういう目で見てしまうのでは無いだろうか、兄弟に妹や姉がいたら
もっと息子は辛い立場になるのでは無いだろうか・・・

え? 家のこと? 

え~~自分のことは棚に上げまして
世の息子を持つ母親諸君、女性の価値感で息子を見てはいけません
比べるなら夫と比べましょう(笑)


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