つれづれなるまま

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地雷撤去と砦建築

突き詰めて考えると「心配」や「不安」「恐れ」などの感情は
自己愛欠如、または自己価値の低さ、自己否定から生まれるのではないか
と思う。

自己愛とは、自分の心を守る砦ではないだろうか。

砦が無いか、または部分的欠如しているので
必要以上に傷つくことに過敏になり

「自分の行動はこれで良いのか?間違っていないか?」
と他者の評価を気にしたり、「それって間違っているよ」と言われることを
極端に怖れるのではないか。

大概の人は子供時代の自分の置かれている環境などに満足していないと思う
もちろん、満足していると言える人もいるでしょうが。

子供はとても傷つきやすいので、大人が何気なく言ったことでも
子供の心は傷つき、その傷は無条件の愛を持ってしか癒せない

傷つき、落ち込むくらいなら、まだマシだが心の奥底に地雷として残る

傷ついた感情の裏側には、傷ついたことへ対してなどへの強烈な怒りも
一緒に封印しているからだ。

その傷だって千差万別だろう。

感受性の強い人ほど傷は深いと思う

意識を自分の内側に向ける人より
意識を外側に向ける人の方が傷は深いでしょう

より、自分がどう見られるか、ということに重きをおくからだ。

この心の傷は大人になっても、老人になっても
自然に癒されることは無い。

歳をとればとるほど、それは「性格」として認識するだろう

私はこういう性格だから!
・・・・みたいな開き直り

でもさ。
一番、苦しいのは自分

自己価値を自分で認めることが出来ず
自己価値を自分の外側に求める

誰かにどう評価されるかという他人の意見を自分の心より優先させる
お金が沢山あることが何よりも素晴らしいことだと思い込む
自分が相手に対して、何かを与えていないと愛されないと思い込む

これらの症状は共依存である。

自己愛を持てない
あるがままの自分を自分が認めない、許さない状態では
他者を愛することは不可能だと私は思う

それは愛に似た「依存」だから

自己愛、自尊心を持たない人は多い
とても多い、それにより様々な問題が発生する

偉そうに書いているが自分もコテコテの共依存症患者だったから
過去形じゃなくて今もそうかも^^

砦が無いから、傷つかないように一生懸命防御するが
もともと砦が無いから、いつも不安で心配する
そうしていないと、いられないかのように

じゃあ、砦を作ればいいじゃん!

そうなんですが、左官仕事です。

まずは、沢山埋まった地雷の撤去作業から始めます
作業員の手足が吹き飛んではいけませんからね

数々の地雷を、とりあえず撤去したら
レンガを一つ手に取り、置きます

レンガの素材は「自分で思う自分の良いところ」です。

一つ一つ積んでは接着剤代わりの「褒め言葉」をヌリヌリしましょう
「いや~今日も仕事頑張ったね」
「買い物してご飯作って偉かったね」などなど

そうやってちょっとづつ、砦を作ってゆきましょう

時折、ふか~~~い場所に埋まっていた地雷があったりしますが
すみやかに、好きなだけ、思う存分に泣いてください。

あの時、泣きたかったけど泣けなかった分の涙を
叫びたかったけど叫べなかった叫びを

もっと私を見て!
もっと私を愛して!

涙や声で自分の外に出してしまいましょう

はい。
地雷撤去作業終了です。

そして宣言します

「わたしがわたしを愛しています」と


そこから、あなたの信条に

人の目気にしてチマチマ生きてられっかよ!


というのが追加されます(笑)

笑ってしまえ

トラウマはウマシカにしてしまえ!

ハッハッハッハ




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