つれづれなるまま

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我輩はアホである

夫が言う

「お前のことは俺が1番よく知っている
お前のことは俺に聞け」


なんのこっちゃ?
言われた時は冗談だと思ったが
その都度、指摘されることは
自分が普段、気づかない
または隠している自分の核をとらえていた。



心の中で起こる変化を言葉で表現することは難しいけど
記しておけば数年後に振り返って現在と比較することも出来るだろう
そんなあるんだか無いんだか分からない未来のために
今自分に起きている変化を書く

今、というか今年は本当に何もしないで過ごしている
逆に言えば今までがいろいろやりすぎていたんだと思う
元々体力はある方ではない
なのに無理に(当時は無理をしている自覚なし)気力で動いていたんだと知る

また、私は働かない
何かや誰かの役に立たない
または稼げない「自分」に価値を感じられないのだと
自分は役立たずだと感じたくないので
アホみたいに動きまわり馬車馬の如く働くのだと

でも違うんだと
何もしていない自分も「自分」であり
その存在価値を認めないことは問題であると

そういう考え方、捕らえ方、ものの見方は
対自分にだけでなく他者のことも
そういう色眼鏡で見るのだと


大人になるにつれ色んな顔を持って生きる
そうじゃない人もいるだろうけど自分の場合ね

仮面をつけるって程の武装じゃないけど
素の自分ってのを忘れ
簡易仮面が自分なんだと錯覚し
その錯覚にも気づかず
その簡易仮面の上に更に仮面を重ねて
それも自分だと思い込み
どれが自分なんだか
自分が望むことは何なのか
大切なものは何なのか
見失う

困ったことに見失っていることすら気づけずに過ごす

そんなことをしていると不都合が生じるのは当然だろう

自分に何もなくなった喪失感
それも過ぎ去ると元は何もなかったことを思い出し
その喪失感が幻だと分かる

やはり衝撃的なことがないと
長年重ねた仮面は崩れてくれないんだろう


何もしない
何もしたくない

日々をダラダラと過ごす自分を認めることは難しい
生きていても無意味だ
とかそんな極端な考え方をするのも自分の悪い癖だ

だからこんなにも時間がかかるのだろう
(自分を理解するのに)


「何もしない」って感覚がズレているのだとも思う
美容院の仕事、最低限の家事、夫の出店同行
これらをこなすことは「当たり前」であり
それ以外のことをするって意味

来月、また孫が生まれるから
それに向けて体力温存しているってことで自分では納得しているけど

あぁ・・・
話が逸れてきた


つづく



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