つれづれなるまま

反省

自分が本当に問題視しなくてはいけないものを
見つけられなかった。
気づけなかった。

自分が抱える問題(欠点)と真剣に向き合うには
勇気が必要で、かつ辛いことだ

思い起こせば「問題」について
真剣に向き合わせようとしてくれた人がいたのに
そういう宝のようなアドバイスや助言さえも
心が「聞く姿勢」になっていなければ何も聞こえない
真意は伝わらない。

伝わらないどころか
私は
ほっといてくれ
邪魔をしないでくれ

もっと酷ければ
「私の何が分かるのだ?」
くらい思っていたかも
最低だ・・・

そうやって私は自分の問題と向き合うことから逃げたのだ。

その時点で人のアドバイスや助言を聞き入れることが出来ないのだから
自分の身の周りの出来事や、自分がやらかしてしまうこととして
問題はどんどん「現象化」してくる。

もう一段下の地獄への誘い。

バイト中などに自分の言動の不味さが目立つようになり
自分の愚かさが浮き彫りになってきた。
(自分で気づくくらい分かりやすくなった)

すごくモヤモヤした気分が続き
このモヤモヤの原因を探しつつ
これが原因か?と思えることで「問題の根源」を見つけた気になっても
所詮、それはダミーであり

問題の根源は、自分が絶対に見たくない隠したい産物の中に飛び込んで
自分が何をしてきたのか理解し
そいつを羽交い絞めにして抱き参らせなくてはならない。

苦痛を伴うが
自分の無意識、無自覚な言動で迷惑かけたことは事実なので
自分が撒いたものが自分に返ってきただけ

人は変わらないんだと思った。
何も変わっていない自分
情けないやら恥ずかしいやら・・・
同じ失敗を繰り返している

だけど、そんな最低クソババァに助言をいただけたこと、心から感謝します
口と行と心を一致させること
悪抱き参らせること

簡単に言えば「自己規制」
肝に銘じて残りの人生を生きます

自分が何をしたのかに気づいたからといって
それらが帳消しになるとは思いません




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