つれづれなるまま

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自由になるまで

小さい頃から祖母がS学会の熱心な信者だったので
仏教的な話や法華経の話、日蓮がいかに素晴らしい人か・・・
というのを散々聞かされてきた。
それはそれで別に嫌ではなかった

S学会と言っても祖母はリュウマチで歩けないので
何か活動するというわけではなく
S新聞を熟読してはスクラップし
D先生の本を読みまくっていた。

祖母は普段は埼玉の叔母の家にいて
時折、我が家に長期滞在していた(叔母を休ませるため?)
叔父(長男)がバリアフリー住宅を建てて祖母を呼んだのだが
嫁と折り合いが悪くなり結局、叔母が引き取った

祖母から
「勤行をあげればあげるほど功徳が積まれ幸せになれる」
そう言われ続けてきた。
それと「ご本尊を大切に扱わないとそれは不幸となり自分の身に降りかかる」とも
完全なマインドコントロールだ。
しかし子供の私にとってそれは日常的で「そうなのか」と思うだけだった。

中でも子供心に「?」と感じたのは
家が粗末でも仏壇を立派なものにすれば
それに合わせて住居も立派になってゆく・・・とも


祖母は若くして夫を亡くし
4人の子供を育てるがための無理がたたり
リュウマチを発症
30代で歩けなくなってしまった。
そういう人が生きるために宗教が必要だったのだと今は思う。

小さい頃、母親は子育てや仕事の忙しさもあってか
宗教には無関心に見えた
(仏壇はあったが、仏壇と言っても先祖を祀るものではなくS学会のアレ)

すっかり洗脳されていたため子供心に朝、晩の勤行を欠かすと
罪悪感があった。

一番仲が良かった友達Hのお母さんは熱心なS会員だった
こっちはバリバリなのでHの母に勧められ青年の集まりに参加したこともある
中学の時に参加した青年の集まりに一歳年上のめっちゃ怖くて有名だった先輩が二人来ていて
(超ヤンキー)非常にびっくりした。
こういう人たちこそ心では救いを求めていたのかと
今は思えるが当時はただ驚くだけ。


親が保養所をやめてから
引っ越したアパートに祖母が来ることはなかった
エレベーターの無い3階だし
昼夜と働いていた母には祖母の世話をするゆとりは無かった。

私は高校とバイトで忙しくなり
やがて宗教のことは忘れていった。

自宅にあった仏壇は開けられることなく
埃をかぶっていた。



つづく

未分類 | コメント:2 |
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この記事のコメント

日本のいや世界の癌ですね。
S額は私もよく知っています。
宇宙連合はS額の歌に合わせて
踊っていますよ。
宇宙最大のジョークだと言ってました。
2013-08-04 Sun 11:29 | URL | マサト #N1/xGLWM[ 編集]
そんな癌の一部だったことはお恥ずかしい限りです

宇宙最大のジョーク!
なんて素敵な表現なのでしょう
2013-08-04 Sun 18:14 | URL | しず #-[ 編集]

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