つれづれなるまま

伊雄山

何度も夢に出てくる場所、幼少期を過ごした地
そしていつも電車か旧道を車で走るかして下田を目指して移動するが
なかなか下田へは到着できない。
下田へ向かう目的は大抵の場合、法事か葬式で
いつも喪服を探してドタバタしている。

現実に自分が住んでいる家ならば喪服やく黒バック、黒靴がどこにあるかは
すぐに分かるが夢の世界ではなかなか見つからない。



で・・・それほど頻繁に訪れ
育った地なのに自分はその山の名前も知らないことに気づく。

調べてみると山の名前は「伊雄山(いおやま)」
約2700年前に噴火したそうだ。

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伊雄山に続く道、旧道と呼んでいたその道は「下田街道」という名で
老中「松平定信」は伊豆巡視でこの道を通り
伊能忠敬は伊豆半島測量でこの道を歩き
吉田松陰は下田の黒船に乗り込もうと、この道を掛け下り
多くの俳人や文人が「曽我物語」の跡を訪ねてこの道に足を運んだと今日知った。

「曽我物語」の内容は知らないが発祥の地として「赤沢山の麓」は有名らしい
まさに自分が住んでいた場所は赤沢山(伊雄山)の麓だ。
「椎の木三本」ってのもよく聞いた言葉だけど
興味が無いので何とも思わなかった
絵をみると近い・・・
だいたい「血塚」なんて気味の悪いし近づきたくもない。

この絵を描いた谷文晁は松平忠信の伊豆巡視の供に加わり
公余探勝図(こうよたんしょうず)を描いたそうだ。



急いで下田へ行かなければならないと喪服を探す夢。
どんな意味があるのだろう・・・。


今朝の夢にも伊雄山が出てきて
私たちは山に住む「もののけ」または「妖怪」「木霊」だった。
どんどん木が切られ道路ができて別荘や保養所が出来ていくのを
困ったな・・・何か阻止する方法はないものかと集まって会議をしていた。

多くの人間には自分たちの存在は見えないようだが
人間の中には私たちの存在に気づく(見える)ものがいた。
だからそっちの人に頼んでみようとか
いっそのことその人に憑依してみようとか相談した。

まるで平成たぬき合戦ぽんぽこだ。
私たち存在が望んだこと(妥協したこと)
それは共存だった。
人間側がどう思ったのかは分からなかった。
不思議な夢だった・・・

伊雄山の頂上から見る景色

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この写真は大室山が見えているが
ここから海をボーっと眺めるのが大好きだった。


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