つれづれなるまま

ギリシャの傭兵だった私

ラナンキュラスのさくらさんに過去生リーディングをしてもらいました!
実際は下記の3倍くらいの文章です。
非常に端折っております





過去生
ギリシャの女傭兵

2歳で孤児院に入れられた、そこで地獄を見た
私は親が無い子ではなく、親に捨てられた子
孤児院の院長は暴力や懲罰で子供たちを支配していた
それでも生き残れたのは孤児院に併設された乳児院とそこの院長(お婆ちゃん)のお陰
(女児は乳児院の手伝いをする役目があった)

ある冬の日、旅の方がやってきて雨露をしのがせて欲しいと一晩宿泊した
その方がお礼にと少しだけ棒術を教えてくれた
棒術に魅力を感じた私はその後もこっそり練習し、我流で盾の使い方も学んだ

院長はどんどん堕落し女児に性的暴行を加えたり
男児には障害を残すほど虐待を加えた
そんな院長のことが腸が煮えくり返る程憎かった

16歳の時に転機が訪れる
孤児院を警備する人と口論になり院長に呼び出され
激しい叱責を承けるが、そんなの慣れっこで
どんどん老いていく院長に勝てると確信した私は
長い棒で院長の胸を突き、次いで力を込めて首筋を殴打
それに気付いた職員が走り寄ってくるのをそのままに
院長を蹴り上げ次いで職員の脇腹を殴打
私が始めて反撃した瞬間
その暴挙は止まらず他の子供たち、職員を巻き込む大乱闘となり
職員は全員失神
皆で協力し職員を外に放り出した時
皆、解放されたと感じた

その後は大きい子が小さい子の面倒を見て
仕事はローテーション制にした
規律は皆で話し合って決めた

大乱闘から半年後
孤児院を出て旅に出て
紆余曲折あり傭兵となった

休暇の合間に各地の孤児院を訪れて指南し
数年後に捨て子を拾って育て上げた後
生涯を終えた。

この人生から学んだこと

「私は幸せだった。捨て子を拾って育てている時は
自分の育った環境を思って複雑な気持ちになったものだ。
子が言うには、私はあの孤児院の聖人になったらしい
笑い話だが、私は傭兵として生きて
それでも慕ってくれた子供たちに聖人として慕われていたのは
こそばい気持ちになる
私の生涯は波乱万丈だった
次は平和な時代に生まれたいものだ」



いやぁ・・・驚きました
心当たりしかない・・・

親に捨てられた
自分はいらない子という感覚は今もあります
今は平気ですけど

何より自由を愛していますし

子を捨てる親には憤りを感じます

先日、お客さんとの会話で
6億円あったらどうする?みたいな
私はお金がいっぱいあったら日本に限らず児童福祉施設を作りたいと
自分で言っていました
偽善っぽいけど本当にそう思うのです
魂がそれを望むとでもいいましょうか・・・

いや~~~びっくりです。

人生を振り返る口調が何やら拙者口調なのは気のせいでしょうか・・・
望み通り平和な時代に生まれたよ
良かったね! 傭兵だった私!
しかし今世も?波乱万丈ではあるが・・・


これで1500円とは激安です!
アカシックリーディングもお願いしているので楽しみだな~






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この記事のコメント

すごい!面白い!
しずさんの結果を読んでさっそく私も
さくらさんに依頼しました。

しかし獣院長を倒して暴れて果ては女傭兵とは‥
かっこい~
2013-03-06 Wed 00:34 | URL | ゆみ #-[ 編集]
闘うのは
生きるため?死なないために
仕方なく・・・だと思う
2013-03-06 Wed 17:04 | URL | しず #-[ 編集]

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