つれづれなるまま

メグル1

いきなりですが人は誰かしらの世話になって生きていると思っている。

世話になっていることを自覚できる場合もあるけど
自覚できない場合もある

特に若い時は経験が少ないし
親が何でもやってくれるのが当たり前になっている場合も多い
何でも親がやってくれていたら
それはその人にとって「当然」「当たり前」のことなので
当然だと思っていることに感謝するのは難しい。


なので?親は当たり前のレベルを最小限に下げておく方が
後々子供にとっては楽というか幸福を味わいやすくなるけれど
何でもやってあげるのが良いことだと信じて疑わない親には
通じない。
自分が蒔いた種なので
子供が自立できなくても自分の年金で子供の生活を支えてやればいい。
家さえあれば何とかなる


私が生まれ育った静岡県から埼玉県に来たのは就職の為(勤め先は銀座)
だけど都内にアパートが借りれるような収入は無いので
叔母(母親の妹)がいる埼玉県所沢市に住むことになった
親としたら叔母を私の見張り役としたのだろう。

小さい頃からいろいろ世話になっていた叔母夫婦に甘えるのは
私の中では普通なことだった。
叔母夫婦は「やってあげる系」の人達だった。

引っ越したばかりは洗濯機が無かったので
叔母が来て洗濯物を持っていき洗ってきてくれていた。

まもなく結婚して今の地に移動してからは
叔母一家も徒歩15分くらいの場所へと引っ越してきたので
見知らぬ土地で妊婦な19歳の私は頻繁に叔母宅へ行っていた。

行けば夕飯をご馳走になり
帰りは送ってもらった。

酷い時は夫と二人で行ってご馳走になったりしていた。

悪いなと思わなくないが
どちらかと言えば自分の親みたいな感覚だったので
(親より話が分かるので母親より好きだった)
夫も当時は叔父をしたっていたし・・・

当時、叔母宅には祖母が同居していて
私は祖母が好きだったので
それもあって頻繁に通っていた。

長女が生まれる前に祖母は亡くなってしまったけど




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