つれづれなるまま

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |

今になって思う・・・

今年4月に亡くなった舅は1年半もの間、4度の手術のため入退院を繰り返し
最終的に、ホスピスで臨終した。

舅は呆れるほど自分の病気に対して無頓着だった
ホスピスに入所するには条件として
①余命6ヶ月以内と医師に診断されていること
②本人が、それを知っていること(告知済み)
以上のことを確認される。

本人がそれを分かっていないとマズイので
事前に舅には、余命のことを告げていたハズだったが
舅は「余命」を「ホスピスに入所できるまでの期間」だと勘違いをしていて
ホスピス提出用の診断書の余命3ヶ月~6ヶ月と書かれていたのを見て
信じられない、自分の事だとは思えないと言っていた。

その時は、そんな舅に対して、どんだけ能天気なんだろうと呆れた。

舅が亡くなり8ヶ月が過ぎた今、今度は自分の父の病気が分かり
助けを求められた。

父は死ぬのが怖いと言う・・・
小さな子供が迷子になっているように
不安と恐怖で心が押しつぶされ
精神安定剤に依存し乱用してしまっていた。

正直、どう扱ってよいものか分からない
何と言ってあげるのがよいものか分からない

誰にでも死はやってくる。
なので死は通過点でしかないと私は考えている
死に焦点をあてて生きるよりも、死までどう生きるかを考えたい。

そう言えるのは自分がまだ健康で若いから(父よりは)言えるのだと
言われてしまえば、そうだ。

「そういう考え方をする人に俺の気持ちは分からない」
そりゃそうだ。

私達の親4名の中で1番、ワカランチンな舅を最初に見送って
残りの3人はさぞかし楽だろうと思っていた。
ところが、そうでは無かった。

死ぬ時がすぐ近くに来た時も、舅が「死ぬのが怖い」などど言ったことは無い
「自分が死ぬのが信じられない」とは言っていた。
舅が父のように、死に対して不安と恐怖で一杯だったら
私たちは、もっともっと大変だったと思う


今になって
私たちは、舅のワカランチンさに救われていたのだということを
理解したという話。






未分類 | コメント:2 |
<<意外な就職先 | HOME | 高級ラーメンを貧乏臭く食べるが美味し!>>

この記事のコメント

あるよねぇ…

舅のワカランチンさに救われていたって気付きには読んでるこちらもホッコリしました^^

きっとお父さんも縁があってしーちゃんとこに来たのだからあとに繋がる何かが、、、あるんじゃないでしょうかね。
2010-12-26 Sun 18:55 | URL | chii #-[ 編集]
30年別居していた両親が2人そろって、こっちに来ることになってドタバタです・・・
2010-12-26 Sun 19:57 | URL | しず #-[ 編集]

コメントの投稿















コメント非公開の場合はチェック

| HOME |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。